indiquer la voie a suivre

自分自身のことを整理するためにも、今回は大学時代を振り返ってみたい。その上で、現時点で考える将来の展望なんかもちょっと書いてみようかと思う。

高校3年の頃、漠然と描いていた将来のヴィジョンは「国際公務員として世界をまたにかけて働く」というもの。加えて、なぜだか知らぬが中東地域に昔から妙に関心が深かった。ただ、どちらについても明確な問題意識を持っていたわけではなく、ただただ漠然っていたに過ぎなかった。
大学に入学して、アラビア語をはじめた。学部時代は中東地域研究をしたいと思っていたので、そんためにはアラビア語が必須だと感じたから。その時は迷いがなかった。
一年の秋、ある講義を履修した。「ヴィジョンと社会システム」「近代思想」。この講義を受講したことによって、社会学や思想に強烈な関心がわいてきた。その後、国際関係論を志していた自分からは想像だにしなかった道へと進みはじめる。
学部2、3年時は、社会学専攻の学生として突っ走ってきた。楽しく文献を読み、楽しくフィールドワークを続けてきた。また、かなり早い時期から学部卒業後の進路は大学院進学(社会学研究科)と決めていた。
しかし、学部3年の終わりに、「本当に進学でいいのか。もう少し検討した方がいいんじゃないか」と少し迷いが生じる。慌ててリクナビにも登録した。やはり周りが就職活動を始めたことで焦りが生じてきたのだろう。しかし、2月から大学院入試対策としてフランス語をはじめ、それに熱中していくなかで、就活という選択肢は消えていった。
4年になって、しばらくは淡々とフランス語の勉強を続ける日々が続く。
6月、また迷う。その時点で持っていた将来のヴィジョンは、社会学の博士号をとって、大学の教員として働くというもの。学部2年くらいからそのように考え始め、4年のその時点でも同じように考えていた。しかし、当たり前のことだが、大学の教員として採用されるのは決して簡単なことではない。現時点で、社会学を含む文系学問は求人が少ない。まして、少子化が進んで益々学生が少なくなっていくと、必然的に教員の数も減少することになる。さらに悪いことに、博士課程まで進んでしまうと民間企業への就職がかなり困難になってしまう。逆に博士という学位が民間企業に就職する際には著しく不利になってしまうのだ(あとは単純に年齢の問題もあるが)。博士課程に進まずして大学教員になることも難しいが、反面博士までいくと、後には引き返せなくなる。
このような現実を知って、迷いはさらに大きくなった。たとえ博士に進んだとしても、研究者を生業としていくんだという強い気持ちを持っていれば、逆境でも頑張れるかもしれない。しかし、その時点の自分は、社会学に一生身を捧げる気には到底なれなかった。逆に、昔ほどは打ち込めなくなっていた。
そんな頃に、学会に参加した。学会の現場を見ることで、自分の迷いが解消できるかもしれない、「社会学専攻として大学院に進学するんだ」と腹を括れるかもしれない、そう思った。ところが、予想は裏切られた。大学院に進学したいという意志を強くするどころか、逆に「学会ってなんて面白くない場なんだ」と思った。期待が大きかった分だけ、失望も大きかった。
夏休み。とにかくずっと悶々としていた。卒業後の進路や、将来のヴィジョンがまったく描けなかった。自分の性格として、明確な目標ができればそれに向って努力することができるのだが、その時の自分には肝心の目標がなく、エネルギーを向ける矛先を定めることができていなかった。時には料理人になりたいと考え、時には世界を放浪したいと考え、また時にはワーホリでフランスに行って働きたいなど、ちょくちょく考えが変わった。どれも安易な考えだったとは自覚している。でも、その時は必死に考えた末に思いついたことだった。いずれにしても、とにかく苦しかった。
夏が終ろうとしている頃、独立行政法人の機関に関心を持つ。きっかけは検索エンジンで何の気なしに見てみたこと。調べてみると、その機関は「国際交流イベントの企画」「海外への日本語普及支援」「外国における日本研究支援」などを主な事業としており、調べるほどに興味が湧いてきた。その機関で実際に働いている方にも会いに行った。実際に現場で働く人から話を聞いてみて、やりがいもあるし面白そうな仕事だと思った。そしてそこの職員として働きたいと思った。
それ以後、その機関の入社試験用のための勉強を開始する。といっても、語学の試験が主なので、それまでずっと勉強を続けてきたフランス語と、受験以来錆び付いてしまった英語の勉強に本格的に取り組む。
目の前に目標ができて、精神的には随分楽になった。自分にとって何より辛いのは、上述したようにエネルギーを向ける先が不明確になってることだ。明確な目標ができて、それを実現するための努力は少しも苦ではない。
ただ、志望する機関で働く方とお話した時に言われたことが時々思い出され、それについてよく考えることが多くなった。「君がやりたいことってのは、ここじゃないと無理なの?JICAやJBICNGOなんかだと、それは実現できないことなの?」。そのように尋ねる彼に、自分は何も答えることができなかった。JICAにしろNGOにしろ、具体的にどんな活動をしているかという点について、自分にはまるで知識がない。それを知らないのに、先の質問に答えることなどできるはずもない。
「こりゃちょっと自分の足で調べてみる必要がありそうだな」。そう思って、NGOの説明会や活動報告会に参加したり、NGO団体主催のチャリティー・クラシック・コンサートのボランティアにも参加してみた。それらを通してわかったこともあるけど、逆に新たな疑問が次々と生まれていった。それについて考えるため文献などを読んでいると、さらに新しい疑問が生じてきた。
最初は、就職を希望する機関の面接試験用と思って調べたのがきっかけだった。しかし、当初考えていた「そもそも国際交流、国際協力とは何なのか」という疑問からどんどん派生して新たな疑問が生じていった。国連やNGOについて考えてみたいと思い、紛争予防・解決という点についても勉強してみたいと思った。途中からよくも悪くも欲が出てきた。国際関係論を一から学んでみたいと。就職云々はひとまず置いておいて、学びたいと思った。
友人にアドバイスをもらったり、多少なりともリサーチした結果、現時点ではイギリスに留学することを希望している。理由の第一は語学。これは言わずもがなで、英語を使えるようにしたい。第二は、様々な国籍を持つ人と知り合えること。現在志望している大学は、世界的に平和学が有名なところで、世界各地から学生が集るとのこと。そういう環境に身を置いて学問してみたい。
ただ、気持ちばかり前面にでる一方で、いざ留学を本当にしようと思うと問題も色々と多い。まずは語学の問題。大学院へは「英語を」学びに行くわけではなく、「英語で」学んでくる。ということは、かなりの英語力が必要で、現在の自分の英語力では到底不可能。加えて、金銭面での問題。学費と住居費を計算したところ、一年で200万程度はかかる。そんな金を今の自分は用意できない。
春からは働くことにした。二年働けば、かなり貯金できるし、やりようによっては語学力もかなりつくはずだ。英語だけでなく、フランス語もそれなりのレベルまでもっていけると思う。先は長いが、前をしっかり見据えながら、目の前のことを一つひとつ頑張っていきたい。


いざ言葉にすると、考えが浅いところもよくわかるし、どこを突き詰めて考える必要があるのかよくわかる。やっぱ実際に書いてみると、自分は将来に対する認識が甘いかなとか、留学の動機が弱いんじゃないかとか、自分自身に突っ込みたくなるのも事実。それは自分でも自覚していることで、将来についても、留学についてももっともっと突き詰めて考えていく必要はあるなとは思っている。まだまだ考えねばならないことは多い。しかし、大学入学後から現時点までの自分を追ってみたことで、ちょっとすっきりした。