引出しの宝

あの引出しには、あいつの宝が入っている。
僕も僕で引出しを持っていて、そこには宝が入っている。
けど、あいつにとっての宝は僕にとって宝ではない。
同じように僕にとっての宝はあいつにとっては宝ではない。
それでも、僕らはしょっちゅうお互いの宝を自慢しあう。
なぜって、どちらも自分の宝の素晴らしさを相手に知って欲しいからだ。
「俺の宝はここがすごいんだぜ」
「いやいや、俺のはもっとすごいよ」
自慢のしあいは、いつまでもずっと続く。
でもなんだかお互いに疲れない。
それは段々と相手の宝の素晴らしさに気付くからだ。
いや、もしかしたら違う理由もあるかもしれない。
相手が自分の宝について自慢している時の顔がすごく生き生きしているから、それに乗せられて自分まで楽しくなってしまう。
楽しくなってテンションの上がったら、テンションが上がったまま、またしても自分の宝について自慢をはじめる。
その繰り返し。ずっとその繰り返しなのだ。
そしてようやく自分の宝について自慢し切った僕らは、最後に相手に渡すものがある。
それは種だ。
その種が将来僕にとって宝になるか、あるいはあいつにとって宝になるかはわからない。
途中で腐っちゃうかもしれないからだ。
でも、今日あいつからもらった種は一生懸命育てようと思う。
芽が出て、花が咲けばきっとそれは僕にとって大事な宝となるだろう。